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福岡地方裁判所 平成10年(行ウ)21号 判決 1999年6月29日

北九州市小倉北区大手前一四番五―一一一一号

原告

南原秀治

右訴訟代理人弁護士

加藤哲夫

北九州市小倉北区萩崎一番一〇号

被告

小倉税務署長 大野勝義

右指定代理人

細川二朗

鈴木雅利

和多範明

岩本隆志

山崎元

森本凡

内野清久

坪根弘

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成九年一月二一日付けでした、原告の平成七年分所得税の更正処分を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、その所有地について、平成七年に同族会社のために地上権を無償で設定したところ、被告が所得税法一五七条(同族会社等の行為又は計算の否認)を適用してこれを否認し、原告の平成七年分の所得税について平成九年一月二一日付けで更正処分(以下「本件更正処分」という。)をしたため、その取消しを求めた事案である。

二  争いがない事実等(証拠等によって認定した事実は、末尾に証拠等を摘示した。)

1  地上権の設定及びこれに到る経緯

(一) 原告は、北九州市若松区北浜一丁目四四番地の六所在の宅地二三〇・九四平方メートル(以下「本件土地」という。)を所有していた。

(二) 原告は、遅くとも平成元年六月一日から、東紅食品株式会社(以下「東紅食品」という。)に対し、駐車場用地として本件土地を賃貸した(乙二、原告本人)。

(三) 原告は、平成七年三月一五日、南原鉄工株式会社(以下「南原鉄工」という。)との間で、本件土地について、南原鉄工に対し次の地上権(以下「本件地上権」という。)を無償で設定する旨の契約を締結した(乙三。地上権の設定自体は争いがない。)。

目的 堅固な建物所有

存続期間 六〇年間

2  南原鉄工の経理処理等

(一) 南原鉄工は、その発行済株式総数七〇〇〇株のうち六六七〇株を代表取締役である原告及びその親族が所有しており、法人税法二条一〇号に規定する同族会社に該当する(乙六の1、2、七)。

(二) 南原鉄工は、平成六年七月一日から平成七年六月三〇日までの事業年度において、本件地上権を一〇〇〇万円として資産計上するとともに、受贈益一〇〇〇万円を収益として計上する経理処理を行った(甲六、弁論の全趣旨)。

3  本件土地及び本件地上権の譲渡

(一) 原告は、平成七年五月九日、東紅食品に対し、本件土地を代金一一〇〇万円で売却した。

(二) 南原鉄工は、右同日、東紅食品に対し、本件地上権を代金一〇〇〇万円で譲渡した。

4  原告の平成七年分所得税についての課税経緯

(一) 原告は、平成七年分の所得税について、本件土地には本件地上権の負担があるものとして、その売却による長期分離所得及び売却までの賃料収入による不動産所得を算定した上、別表のとおり確定申告及び修正申告を行った。

(二) 被告は、本件地上権設定契約に係る南原鉄工の行為又は計算を容認した場合には、原告の所得税の負担を不当に減少させる結果になるとして、所得税法一五七条を適用して本件更正処分をした。

(三) 原告は、被告に対する異議申立て(申立日は平成九年二月一二日付け)、国税不服審判所長に対する審査請求申立て(申立日は同年六月九日付け)をしたが、別表のとおりいずれも棄却された。

三  争点

本件更正処分が所得税法一五七条の要件を満たすといえるか。

(被告の主張)

1(一) 所得税法一五七条は、同族会社において、その株主等の税負担を不当に減少させるような行為又は計算(以下、「行為又は計算」を一括して「行為等」という。)が行われやすいことから、税負担の公平を維持するため、右のような行為等が行われた場合に、それを正常な行為等に引き直して更正又は決定を行う権限を税務署長に認めたものである。

(二) 右にいう、「税負担を不当に減少させるような行為等」とは、経済的合理性を欠いた行為等をいうと解するのが相当である。そして、行為等が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のみでなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なっている場合も含むから、経済的合理性を欠き、税負担を不当に減少させるか否かは、同族会社の行為等を容認したとして算出された税額と、正常な行為等に引き直して算定された税額とのかい離によって判断すべきである。

2(一) 本件地上権は、その設定登記もされておらず、目的とされる建物も建築されていない上、本件地上権設定当時、建物を利用するはずの東紅食品もこれを了知していなかったこと等からすれば、地上権者である南原鉄工による土地利用という実体的裏付けを欠くものであり、本件地上権設定契約及びこれに引き続く本件土地及び本件地上権の譲渡の目的は、結局のところ、原告が東紅食品に対し本件土地を売却するにあたって、本件地上権設定により原告の譲渡所得及び不動産所得を軽減し、所得税を一部回避することにあるから、本件地上権設定契約には実質的な意味はなく、同契約締結について経済的合理性はない。

(二) 原告の納付すべき税額は、本件地上権設定契約を容認して算出すると、別紙の原告の第二次修正申告のとおりマイナス二六万九一七〇円となるが、これを否認して計算すると、同表の本件更正処分のとおり二二四万五七〇〇円となる。すなわち、本件地上権設定契約を否認して計算した場合、<1>原告の不動産所得には、南原鉄工が計上した、東紅食品からの本件土地の地代額である一七万三三四〇円を加算し、<2>分離長期譲渡所得には、南原鉄工が計上していた、東紅食品からの本件地上権の譲渡価額一〇〇〇万円から右譲渡の必要経費(印紙代)一万円を減じた九九九万円を加算することになるが、<3>その結果、原告の合計所得金額は一〇〇〇万円を超えるから、配偶者特別控除三八万円が認められず(所得税法八三条の二第一項、二項)、原告の所得控除の額のうち三八万円を減じることとなって、新たな税額は右の二二四万五七〇〇円となる。

したがって、同族会社の行為等を容認したとして算出された税額と、正常な行為等に引き直して算出された税額とのかい離は二五一万四八七〇円にもなるから、南原鉄工の本件地上権設定契約に係る行為等により、原告の税負担が不当に減少していることは明らかである。

(三) 以上のとおり、本件更正処分は、所得税法一五七条の要件を満たし、適法である。

(原告の主張)

1 本件地上権設定契約は、原告が直接東紅食品に本件土地を賃貸するのではなく、原告が南原鉄工のために本件土地に地上権を設定し、これに基づき、南原鉄工が東紅食品に本件土地を賃貸することを意図したもので、その設定には、次のとおり経済的合理性がある。

(一) 東紅食品は、本件土地の隣接地を所有しており、これと本件土地とを一体として利用することを計画し、原告に対し、平成五年ころから、本件土地の買受け又は建物所有目的による本件土地の賃借を申し入れていた。原告は、東紅食品の提示する買受代金額が適切でないこと、本件土地を賃貸した場合は借地権という強力な権利が東紅食品に発生することから、これらに応ずることはできなかったが、本件土地を建物利用目的で使用したいという東紅食品の要求に応えるため、本件土地に南原鉄工のために地上権を設定し、東紅食品から建設協力金を借り入れる方法により南原鉄工が本件土地上に建物を建築した上、東紅食品に右建物を賃貸することとし、本件地上権設定契約を締結した。

(二)(1) 本件地上権設定により、南原鉄工には、地上権相当額である一〇〇〇万円の受贈益が生じ、その結果、南原鉄工は、本件地上権設定年度の決算において、五三四万五六八七円の税引前当期利益を計上することができた。

(2) 南原鉄工は、本件地上権設定契約後は、本件土地の賃貸料を収受することができる。

(三) 南原鉄工のような小規模企業の場合、利益を計上しなければ関係金融機関や取引先の信用を失うところ、右(二)のように、本件地上権設定は南原鉄工にとって利益があるから、経済的合理性がある。

(四) なお、本件地上権設定後、二3(一)、(二)のとおり、原告及び南原鉄工から東紅食品に対し、本件土地及び本件地上権の譲渡がされているが、これは、原告が、平成七年四月ころ、東紅食品の代表取締役加藤生治(以下「加藤」という。)から、同社が売上不振であることやリストラを計画しているとの話を聞き及び、建物の賃貸という方法に不安を感じたため、同社に対し、本件土地を売却することにしたにすぎない。

2 本件地上権設定により、南原鉄工に課税利益が発生していること、本件地上権設定後、本件土地の賃料は現実に南原鉄工が収受していること、本件地上権の譲渡代金一〇〇〇万円は、本件土地の路線価や地上権割合を考慮して定めた適切な金額であること、右の譲渡代金も南原鉄工が収受し、その借入金返済に用いられたことからして、本件地上権設定契約は実体のあるものであって、脱税目的でされたものではない。

第三争点に対する判断

一  第二の二の事実及び証拠(甲五、八の1、2、九ないし一二、一五、乙八ないし一一、一三、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、乙九は、税務署員による加藤からの聴取書であるが、これに記載された加藤の申述は、同人が本件更正処分について各別利害関係を持たない者である上、申述内容も、本件土地の売買又は賃貸借をめぐる原告と東紅食品との間の交渉過程を具体的に述べているもので、特段不自然、不合理な点は認められないから、その信用性は十分に認められる。)。

1  原告は、遅くとも平成元年六月一日から、本件土地の隣地に食品工場を有する東紅食品に対し、駐車場用地として本件土地を賃貸した。

2(一)  東紅食品は、本件土地を同社の事務所兼荷捌き場として利用するため、原告に対し、平成五年ころには本件土地の買受けを、平成六年秋ころには本件土地の買受けないし本件土地上に建物を建てさせて欲しい旨を申し入れたが、原告が応じないまま推移した。

(二)  なお、平成六年秋ころには、原告から東紅食品に対し、本件土地に建物を建てた上、これを貸す旨の提案がなされたが、東紅食品が右の提案を断ったところ、以後原告からは、建物を建築して貸す旨の提案がされたことはなかった。

3(一)  東紅食品は、平成七年一月ころ、原告に対し、再度本件土地の買い受けを申し入れ、交渉の結果、同年四月初旬ころ、坪当たり三〇万円で買い受けるとの話がまとまったが、本件土地には南原鉄工が本件地上権の設定を受けていたことから、平成七年五月九日、原告から本件土地を代金一一〇〇万円で買い受けるとともに、南原鉄工から代金一〇〇〇万円で本件地上権の譲渡を受けた。

(二)  本件地上権の代金は、路線価(一平方メートル六万七〇〇〇円)を基準に算出した本件土地の評価額一五九二万一六九六円を〇・七で除して公示地価を算定し、これに地上権割合〇・四を乗じた額が九〇九万八一一二円となることから、一〇〇〇万円とされた。

4(一)  本件地上権は平成七年三月一五日に設定されているが、その地上権設定登記はされておらず、所有目的とされた堅固建物も建築されていない。また、東紅食品は、本件地上権設定を知らないまま、同年五月分までの本件土地の賃料(当時月額一〇万円)を原告の預金口座に振り込んでおり、原告は、これを南原鉄工が受取るべきであるとして、平成七年三月及び四月分の一五万円を同年四月三日に、同年五月分の一〇万円を同月九日に、それぞれ南原鉄工の貯金口座に振り込んだ。

(二)  南原鉄工は、平成七年六月、原告が東紅食品から受領した本件土地の売買代金から一〇〇〇万円を借り受け、自己が受領した本件地上権譲渡代金一〇〇〇万円と併せて、銀行からの借入金二〇〇〇万円の返済にあてた。

以上の事実が認められる。

乙八、原告本人の供述のうち、右認定に反する部分は、あいまいであって、一貫性を欠き、にわかに採用できないし、他に右認定に反する証拠はない。

二1  所得税法一五七条は、同族会社が少数の株主等によって支配されているため、当該会社又はその関係者の税負担を不当に軽減させるような行為等が行われやすいことに鑑み、税負担の公平を維持するため、同族会社の行為等を容認した場合には株主等の所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められるときに、その行為等を否認し、それを正常な行為等に引き直して株主等の所得税に係る更正又は決定を行う権限を税務署長に認めるものである。

そして、右の、正常な行為等とは、通常の経済人の経済的合理性に則った行為等をいうものと解するのが相当であるから、同族会社の行為等が、同条件にいう「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」行為等にあたるかどうかは、同族会社のした当該行為等が通常の経済人の行為として経済的合理性を欠いているかどうかを基準として判断すべきであり、当該行為等が右の経済的合理性を欠き、その結果、株主等の所得税の負担が不当に減少した場合に、同条が適用されると解すべきである。

また、当該行為等が経済的合理性を欠いているかどうかは、もっぱら経済的、実質的見地から判断すべきであるから、それが、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは異なっている場合も、経済的合理性を欠く行為等にあたるとするのが相当であり、必ずしも、当該行為等に租税回避の意図ないし税負担を減少させる意図が存在することは要しないというべきである。

2(一)  これを本件地上権設定契約について検討するのに、前記第二の二の事実及び前記一で認定した事実によれば、同契約に基づく本件地上権設定登記や、契約目的とされた建物の建築はされておらず、建物建築の具体的な計画も窺えない(原告は、南原鉄工が東紅食品から建設協力金を借り入れて建物を建築する予定であった旨主張し、原告本人も同旨の供述をするが、右供述は、他に裏付けとなる証拠もなく、にわかに採用できないし、他に右の原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。)から、地上権者である南原鉄工が本件土地を利用していたとは言い難い。また、本件地上権設定当時原告から本件土地を駐車場用地として賃借していた東紅食品は、本件地上権設定後は南原鉄工から本件土地を賃借することとなるはずであるのに、東紅食品に対しては、本件地上権設定の事実が告知されておらず、東紅食品が原告に支払った賃料が原告から南原鉄工に送金されているにすぎないことも、南原鉄工が地上権者として本件土地を利用していたことを疑わせるものといえる。これらのことに、本件地上権設定契約後わずか二か月足らずの間に、本件土地及び本件地上権が東紅食品に売却ないし譲渡されていることを併せ考えると、本件地上権設定契約は、本件土地を東紅食品に売却するにあたり、もっぱら南原鉄工に一時的な受贈益を計上させるために、地上権者による土地利用という地上権設定の実質がないままされたものと認定するのが相当である。このような本件地上権設定契約は、同契約が南原鉄工にとって利益があるものとしても、南原鉄工と原告とが同族会社とその株主等の関係にないとすれば、通常行われない契約であるというほかはなく、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引とは明らかに異なるものであるから、通常の経済人の行為として不合理、不自然であって、経済的合理性を欠くというべきである。

(二)  なお、原告は、東紅食品との間の本件土地の売買交渉は、本件地上権設定後の平成七年四月ころ始まった旨主張し、証拠(乙八、原告本人)も、「原告は、平成七年四月ころ、加藤から東紅食品の売上が不振であり、リストラも計画している旨聞かされたことから、同社への建物賃貸に不安を感じ、売却に応じることにした。」とするが、仮に、右各証拠のとおり、原告が平成七年四月ころに加藤から東紅食品の売上不振の話を聞いたとしても、前記一3で認定したとおり、原告と東紅食品との本件土地売買の交渉は平成七年一月ころから行われていたものであるから、原告が右の話を聞いた時期が平成七年四月ころであるからといって、本件土地の売買交渉の開始時期が平成七年四月ころであるということにはならない。また、本件土地に建物を建築して東紅食品に貸すとの話は、平成六年秋ころ以降出なかったことも前記一3で認定したとおりであるから、仮に、右各証拠のように、東紅食品から売上不振等の話を聞いたため、原告が最終的に本件土地の売却を決意したとしても、右各証拠のうち、それまでは建物を賃貸する予定であったとする部分は採用できないし、売上不振等の話を聞いたことにより売却を決意したことは、本件地上権設定契約には、地上権者である南原鉄工による本件土地の利用という実質がないとする右(一)の認定を妨げるものとはいえない。

(三)  原告は、本件地上権設定契約は脱税目的でされたものではない旨主張する(第二の三(原告の主張)2)けれども、所得税法一五七条の適用にあたって、必ずしも同族会社の行為等に租税回避の意図が存在することを要するものでないことは1で説示したとおりであるし、右(一)で検討したところによれば、右に関して原告が主張する事実を考慮しても、本件地上権設定契約は、原告に租税回避の意図があったか否かはともかくとして、地上権者による土地利用という実質がないままされた契約であるというべきであるから、原告の主張は採用できない。

3  そして、証拠(甲一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、本件地上権設定契約を容認した場合とこれを否認した場合の原告の納付税額は第二の三(被告の主張)2(二)のとおりとなることが認められる。したがって、その差額は二五一万四八七〇円となり、両者の間には著しいかい離があるから、本件地上権設定契約を容認した場合には、原告の所得税の負担を不当に減少させる結果になるというべきである。

三  以上の認定及び判断によれば、本件更正処分は所得税法一五七条の要件を満たし、適法であるといえるから、原告の本訴請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口幸雄 裁判官 野島秀夫 裁判官 内山孝一)

別表

平成七年分所得税課税の経緯

<省略>

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